以前、とある研究会で心理と鍼灸と言う題目で書くように言われて、私の思う所を綴ったものを紹介します。
心理と鍼灸
太宰府市 きゅうあん鍼灸治療院 四元智己
私は物書きが得意ではありません。
そこで臨床家らしく、臨床で経験した事を綴りたい。
鍼灸治療は経絡を通して気血の流れを整え、陰陽虚実を調和させる。
実際に鍼灸を施す際、我々鍼灸師が使う鍼灸の接点は唯一、患者の皮膚である。
さて、その皮膚についてであるが、外界との境界面をなしている。
ある患者からこんな訴えを聞いた。
「自分が自分で無いような、現実味が無い感覚がして不快である。」「周囲と自分との境目が無い感じがする。」と言うのである。
これはもしかしたら、皮膚の境界感覚が薄れているのかも知れないと思った。
不安や緊張が高まると「自分」という感覚が薄れ、自己は縮こまって周囲の環境が皮膚を通して体内へ侵入してくるような感覚に襲われる。
逆に、酒に酔って気分が良くなった者や躁病患者の自己は皮膚の外側へと大きく拡張している。
ここで言う皮膚は、物理的・解剖学的な皮膚ではなく、自身が感じる皮膚の事である。
身体心理学でいうと、一人の人間を環境から区別している境界面は物理的には皮膚であるが、心理的には必ずしもそうではない。とある。
皆さんも、似たような感覚を経験した事があるのではないでしょうか。
この患者さんはその感覚が持続していて、それがとてもストレスになっていたのだ。
話を聞けば、そのような感覚を抱くに等しいエピソードがあり、その原因を除去する事でしか根本的な解決は無いように思えた。しかし、私は鍼灸の臨床家である。
何とかこの患者の身体感覚を正常に近付け、苦しみから解放する事が私の使命である。
まずは切診を行う。脈・腹・四肢の経絡流注上・肩背部・腰の反応を見るため、丁寧に触れて行く。
ここから取れた所見より、この患者に必要な本治法を行う。
それに加え、訴えから五臓におさまる神気;神・魂・魄・意・志より、魂魄すなわち肝肺と背部兪穴の魂門・魄戸への施術を標治とした。魂はこころと関係が密接な陽性の霊であり、魄は本能・肉体と密接な関係を持つ陰性の霊である。
結果これらの施術が、皮膚面の感覚を呼び覚まし境界感覚を再認識してもらう機会となった。
また、じっくりとお話を伺い傾聴に徹し、患者を理解する事に努める。
患者は次第に不快な感覚から解放され、落ち着いた表情を取り戻す。
鍼灸は全人的医療である。患者の心理を置き去りにした治療は存在しえない。
私がなりたいのは、蝶のように舞い、蜂のように刺す鍼灸師では無い。
患者の懐に「ごめんください。」と入り込んで心に触れる鍼灸師を目指したい。