共感すること 思いやること


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川崎で起きた殺人事件。
信じられない様な、惨殺事件でした。

今朝のラジオ放送で、
実行犯のリーダー(18)が、被害者について「みんなに慕われていて、ムカついた。」と供述したと言う。
車を運転中でしたが、指先までムシズが走りました。耳から入った邪気が全身を回った感じ。

以前読んだ本で、こんな事が書かれていました。

「思いやり」は「思いやられること」でしか生まれない。

まったくその通りですね。普通なら経験的に体感しているはずです。
人が産まれて、「思いやられる」を一番最初に経験するのは、親(お母さん)からのそれだと思います。
お母さんからの温かな情緒的なやり取りが、「思いやり」を育むための基礎になる。

私も経験していますが、自分の子供が泣いたり・怒ったりしているとき、そのシグナルに親が反応し、共感し、不快な原因を取り除こうとする。それが出来なければ、手でもって、身体でもって、子供を愛情たっぷりに抱擁する。そういうのを情緒的なやり取りですよね!

また、その本にはこんな事も書かれています。

共感とは相手と同じ感情が自分にも起こること。

電車でお年寄りに席を譲るか譲らないかと言う場面で、誰もが感じたことがあるあの感情ですよ。
A>『えらくしんどそうだね。ちょっと皆の目が恥ずかしいけど、この席に座るように声をかけてみよう!』
てな感じです。これが、共感。回りの目が恥ずかしくて、声をかけられなかったとしても、共感です。
B>『お年寄りが入ってきたから、若いボクが譲らないと皆にどう思われるか分からんから、譲ろう。』
これは、共感ではないですね。でも、ある種の社会性は養われている。
C>『お年寄りが乗ってきたな。ふーん。』
何も湧いてこない。このタイプが問題。

相手と同じ感情が自分にも湧いてきて、行動せずにはいられない。
例えば、野良猫が人間に虐待されている現場を目にして、胸がソワソワして止めに入らずにはいられない。
こういったものを、私は魂(心)だと理解していました。
理屈ではない、身体の芯から湧いて来るあの感情です。

たぶん、今回の事件をおこした少年達は、幼少期に「思いやられること」を殆ど経験しなかったCタイプなのでは?
子育てに方程式は通用しません。
我が子を見つめる。触れる。胸に抱く。
そうすると、こどもの感情が何となく身体から伝わってくるのを身体で感じます。
子供だって親以上の安堵の場所は無いわけで。
その安心感があるから、めいっぱい冒険して成長できると思います。

言葉では教えることの出来ない「思いやり」を「思いやる」事で我が子にも、他人にも伝えて行きましょう。
あなたの手を使って。体を使って。

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